店声仁語−9− ( 2005.1.〜2005.6.)

店声仁語:目次・・・

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ほほえみ      狩野  誠

いそがしいときに
イライラするときに
くやしいときに
不安なときに

 


私はそっと
私にたずねる
あなたはいま
ほほえんでいますか
    ……と

ほほえみ読本

なかなかほほえめない自分がいます。いそがしいときに、イライラするときに、くやしいときに、不安なときに・・・、顔がひきつって、とてもほほえんでなんていられない自分がいます。でも、そんな自分に気がつかない人がほとんどなんです。自分はほほえんでいるつもりで・・・。

 


★東京ドームに巨人─ヤクルト戦を見に行きました。いつ行ってもドームの巨人戦は満員ですね。席はネット裏3塁側でしたが、周りはほとんど巨人ファン。「巨人大鵬卵焼き」の世代の私は巨人ファンでしたが、最近はヤクルトファンの息子に感化されたのと堀内采配が納得いかなくてややヤクルト的傾向。鈴木の本塁打、青木、宮本、岩村の連打にメガホンを叩いて大騒ぎするのは我が家族4人。

 「おい、ここだけ盛り上がっているなぁ」
  私の声に応えたのは前席のオジサン。振り返っていわく
 「そうだ、そこだけだ!」。

それでもところどころに緑色の小さなビニール傘を広げて応援するヤクルトファンが頑張っている。高橋の同点ホームランに総立ちの中、我が4人だけ静かに座っているのでした。いやぁ、周囲総巨人ファンの中でのヤクルト応援、疲れました。おまけにあと一歩、6−7で負け試合、でもまぁいい試合でした。ヤクルト、ガンバレ〜〜!

2005.6.29.

  


★麻布十番納涼まつりで16年続けてきた「きみちゃんと子どもたちのためのチャリティーひろば」がなくなります。このひろばは、赤い靴の女の子「きみちゃん」の像が出来た翌平成二年、悪役俳優の山本昌平さん、女優の紅理子さんの発案ではじめたものでした。舞台もなく、昌平さん、理子さん、私の3人がきみちゃんの前の歩道に大道芸のように立って、道行く人に話しかけ昌平さんのハーモニカで一緒に歌う事から始め ました。にぎやかなお祭りの大勢の人の流れのなかで、きみちゃんのお話を聞いてもらい、世界の恵まれない子どもたちのためにチャリティーにご協力下さいと話し歌うことは、素人の私にはとても難しいことでした。
 翌年から作曲家の横山太郎さんが加わって、畳三畳ほどの小さなステージが出来ました。横山さんの主催する童謡の会の方々が横浜や千葉や各地から参加して、一緒に童謡を歌ってくださるようになりました。いずみたく・イッツフォーリーズの皆さん、ジャズカルテッドの方々、クロスロードアクターズの皆さん、年々参加される方が増えて「きみちゃん」の周りに歌声がひびき子どもたちのチャリティーが続けられてきました。
 残念なことに、そんな童謡の歌声をお祭りに似合わない、暗いという心ない声が身内の役員のなかにあり、そんなバカな声に扇動されるように、マンネリだから企画を一新するという理由付けがされたようでした。なかには、チャリティーひろばにかかる費用をそのまま寄付した方がいいなどという信じられない暴言を吐くものがいます。 情けないですね。
 きみちゃんのチャリティーは今年三月までに950万円という大きなお金になって、毎年ユニセフに、そして阪神大震災の義捐金、スマトラ沖津波震災の義捐金に も送られてきました。子どもたちがポケットから大事そうに出して、きみちゃんの小さな貯金箱に入れてくれる1円、5円、10円という小さなお金が積もり積もった950万円は、どんなにきれいな、どんなに貴重なお金でしょうか。そんな大勢の方々のやさしい思いを踏みにじるような 心ない役員の暴言を私は許すことが出来ません。
 納涼まつりでのチャリティーひろばはなくなりますが、きみちゃんの足元の小さな貯金箱に寄せられる温かな浄財は、「赤い靴の女の子きみちゃんのチャリティー」として続けていきたい、続けなければならないと思っています。大勢の皆さまの温かなお心を信じて。

2005.6.17.

 


★今風と言えばそれで終わりかもしれないが、近所に開店したケーキ屋にちょっと腹が立っている。近所と言っても2軒隣り、1ヶ月近い工事の間は騒音、ホコリ、工事車両の店先への一日中の違法駐車etc.etc.けっこう隣近所には迷惑を掛けていたのだが、「ご迷惑をおかけします」のひと言もない。それでも店が出来れば明るくきれいになると我慢していたのだが、いざ開店しても挨拶もない。バックは大きな菓子屋だからそう簡単につぶれる心配はないらしいが、その大きなバックの会社関係らしいものがぞろぞろと開店の記念品を持って通って行く。何も記念品がもらいたいわけではないが、隣近所に挨拶もないような店が地元で可愛がられるのだろうかと、お隣に聞くと、何と挨拶に来たという。「向こう三軒両隣り」言葉の通りに挨拶したらしい。我が家は両隣りではなく、二軒目だから挨拶もなくいいのだそうだ。何も知らない若者が店長なら 、大家さんが一緒に隣近所に紹介してあげればと思うのだが、「そんなことしなくてもいいよ」って感じの大家さんなのか、これが今風なのか。こんなお店が増えてくると隣りづきあいもなくなって十番らしい商店街の温かさも消えていくのかなぁ。寂しいですね。

2005.6.10.

 


★長野県上田市に信濃デッサン館と無言館を訪ねたのは4年前の夏休みだった。信濃デッサン館は村山槐多をはじめ関根正二、靉光、松本竣介、野田英夫といった夭折の画家の素描を中心に展示されていた。そこから少し離れて丘の上に立つ無言館は、戦没画学生慰霊美術館として
太平洋戦争で戦死した画学生の遺作を展示してある。若くして逝った無名の画家達の絵に涙がとまらなかったことを今でも思い出す。
 その信濃デッサン館が2、3年内に閉館すると新聞に載っていた。所蔵する絵画を処分して運営を維持しながら、分館である無言館だけは守り抜こうとする館主窪島誠一郎さんの談話が載っていた。
無言館 あちこちに豪華な美術館が開館している今、この美術館だけは見ておきたい、残しておきたい一つだろうと私は思う。決して大家の作品があるわけではないが、戦争と言う悲惨な時代の中で、戦場でも絵に対する情熱を持ちつづけ描き続けた若き人たちの心が、 剥げかけた絵の具、破れかけたキャンバス、家族への黄ばんだ葉書や手紙をとおして、無言館の名のとおりに伝わってくる。
 4年前訪ねたときその絵は展示されていなかったが、人名録に載せられた戦没画学生のひとり河口正喜さんの戦地からの手紙が心に残る。「・・・・正彦も大きくなった事でせう・・・」、家族を心配する手紙の「正彦」は私の知人だった。無言館の建つ丘の上からは信濃の山々にかこまれた塩田平の美しい自然が見渡せる。こんな日本の風景を見たかっただろうと・・・。この 美術館はなくして欲しくない。

2005.5.27.

 


★居酒屋で酔ったおじさんたちの会話が聞こえてきました。

 「うぃ〜、あのさぁ、ドラマだとよぉ たいてい死ぬ時ってみんな仏さんみたいによ、奥さんに言うじゃん。
   お前と結婚して幸せだった〜〜とか、よかったョ〜とかよぉ。」
 「・・・・・・」
 「オレはさぁ、こう言ってやろうかと思ってんだぁ・・・、うぃ〜〜」
 「なんて言うの・・・」
 「ん、・・・オレの人生は間違いだらけだった・・・ってよ
    そう、間違いだらけだったよ、オレの人生は・・・。」
 「それだけか〜」
 「ちゃうわい。オレの人生は間違いだらけだった・・・けど〜
    間違いだらけだったけど・・・・、一番の間違いは、お前と結婚したことだ・・・ってよ」
 「・・・・」

2005.5.22.

 


★閉店したお店の続きです。思い出したお店を書き足してびっくりです。麻布十番で一番古い300年以上の歴史のあった一力寿司さんをはじめ大正以前の創業のお店が24店、昭和以後の創業のお店が 85店もありました。ちょっと思い出してこれだけですから、商店街の資料を調べれば100軒ではきかないでしょう。こんなにたくさんのお店が閉店し、そしてすぐに新しいお店が開店しているんですね。1/3近いお店がわずか2、30年の間に入れ替わっていたなんて驚きでした。(→老舗一覧

2005.5.11.

 


老舗一覧のページに、麻布十番 の老舗の紹介と合わせて、ここ20年の間に閉店した大正以前創業のお店も紹介していたのですが、それ以外に昭和のお店や戦後開店したお店でもやめたお店が沢山あることを思い書き留めてみました。1980年頃の商店街案内をもとに書いてみたのですが、 60店以上の名前が浮かんできました。古い十番をご存知の方には懐かしい商店の名前がいくつもあることと思います。それ以前に閉店したお店も沢山あると思いますので、 また思い出したお店から順次書き加えていきたいと思います。それにしてもこの20年で24店の老舗を含め80店余ものお店が閉店し、それ以上に新しいお店が麻布十番に出店していることに驚きました。そうして商店街は変貌していくのですね。バブル以降の街の変貌の早さ 、地下鉄南北線、大江戸線開通、六本木ヒルズ完成後の変貌の早さが改めて感じられました。

2005.5.8.

 

★1階の店と6階の住まい、遠く?離れた親子のメール。親バカぶりを笑ってください。

『 たくさん食べて、たくさんウンチして、
もっと太って、大きくなれよ。
身体も心も大きくなれよ。

ポジティブに考えること、
明るく楽しく考えること。
おまえはお父さんに似ていると思うよ。
60過ぎてもお父さんも引っ込み思案だ。
でも、意識して出て行こうとしてきた。
意識して明るく楽しくと思ってきた。
なかなか出来ないんだけど、
出来たときがうれしい、
そう行動できた時が楽しい。

友達とも同じ思いで付き合いたい。
そう思って、もう63才だけれど、
高橋さん、小室さん、齊藤さん、田村さん、鈴木さん、
池田さん、・・・
山内先生、川野先生、外山先生、・・・
昌平さん、理子さん、横山先生・・・
商店街のみんな・・・みんな・・・

鏡  (ほほえみ読本より)

笑顔で鏡をのぞいたら
鏡の顔も笑ってた
怒って鏡をのぞいたら
鏡の顔も怒ってた
人も鏡のようなもの
あなたが笑ってむかうなら
相手も笑ってこたえよう
あなたが怒ってむかうなら
相手も怒ってこたえよう

でも、なかなか出来ないんだよね
63才になっても出来ていないんだから
ただ、そうありたいと努力はするよ。

たくさん食べて、たくさんウンチして、
もっと太って、大きくなれよ。
身体も心も大きくなれよ。 』

 返ってくる息子からのMailは、照れかくしなのかプロ野球選手の解説ばかりですが、時折チクリと鋭い指摘も書いてきます。店番のヒマなときにメールを通して親子の会話、会社勤めのお父さんもできますよ。でも、携帯じゃ文章が短すぎてダメですね。10日には神宮球場にヤクルト─日本ハムの交流試合を見に行きます。

2005.4.30.

 


★ローリエヤマモト、私の店はメンズショップ。ところが行政や商店街連合会などから来る業種名は「紳士服」になっている。これは経済産業省(通産省)の分類によるのか区の商工課の分類によるのかわからないが、中 分類 「衣料品等の身の回り品」の下にある業種名にはメンズに該当するものがない。同様にレディースもない。「紳士服」「婦人服」「子供服」「その他洋品」というような分け方なのだ。「紳士服」というと一般には「スーツ」 のこと、「紳士洋品」とは違う。また、「婦人服」というと何となくセンスのない女性用のスーツって感じがしませんか。他の業種にも首をかしげたくなるような分類が見られる。一方でCD・VIDEO・DVDとかリラクゼーション・ネイルサロン・エステサロンのような新しい業種を加えているのだから、もっと全体の分類を見直せばと思うのだが、おそらく担当者に言っても無駄でしょうね。ダメなものはダメ、改革すべきものはするという当たり前のことを、川下から提言する器量のあるものがいないらしい。穏便に、当たらず騒がずそっとしておくのが役人らしい。ずいぶんと細かく業種を分類しているように見えるが該当する業種が見あたらない店、それもメンズ、レディースのようなごく普通の店も沢山あるのではないかと業種名を見ながらこんな分類しかできないのかとバカらしくなってきた。皆さんも一度業種名分類をご覧になってみては、きっと笑いますよ。

2005.4.27.

 


★何故か東京ドームの巨人-阪神戦は金土日、平日に行われることが少ない。おまけに巨人戦になると「えっここがS席かヨ〜」ってくらいS席の範囲が広がるらしい。きたねぇ〜って感じしませんか。数少ない平日火曜日の巨人―阪神戦のチケットが手に入り観戦に行ってきました。去年は何回か見に行った巨人戦は「行くと勝つ」がジンクスのようにすべて巨人の勝ちでした。今年は、最初から負け、5―8。おまけに三塁側内野席だったので周囲のほとんどが阪神ファン、肩身の狭い思いで巨人を応援してきました。しかし阪神ファンの応援ってすごいですね。恥ずかしいくらいすごいですね。アンチ巨人も巨人ファンって言うけれど、違いますね。やはり巨人ファンは巨人ファン、アンチ巨人の息子も周囲の阪神ファンに押され気味で一緒には騒げないようでした。「今度は神宮で交流試合を見よう、ヤクルト 〜日ハム戦がいいや」ってことで息子と意見統一。巨人ファンとしては苦いビールの試合でした。

2005.4.23.

 


★昨年10月の入院以7ヶ月ぶりにゴルフに行って来ました。定期的に検査は受けていますが、多分大丈夫、もう大丈夫と思っていても、やはり少し不安もありました。1ラウンドまわれるかな、ハーフまわれるかな、ボール当たるかな。それどころか、前夜ゴルフバックを探してしまいました。店の奥にあると思っていたのに見あたらない、部屋にもない、車のトランクに入れっぱなしで靴は少しカビていました。それでも新緑の広々とした、まだ所々に桜も咲いているコースに出ると、病み上がりを忘れて頑張ってしまいました。思ったよりも良いスコアであがって、ゆっくり風呂につかってビールで乾杯!いやぁ、健康っていいですね。

2005.4.21.

 


★昨日のコラムとその前のとを読み直して妙な感じになっています。1円5円10円の積み重ねで17年かかって子どもたちの為にと送ってきた950万円は決して小さな金額ではないのですが、マスコミを賑わす彼らの金銭感覚が何故か妙に白々しく思えてなりませんでした。あの世界の人たちはこのチャリティーを見ても何も感じないのでしょうね。まぁ、見ることもないでしょうが。

2005.4.15.

 


★今日、今年もまた赤い靴の女の子「きみちゃん」のチャリティーをスマトラ地震・津波の救援金としてユニセフに送りました。3月までの1年分60万円です。きみちゃんが出来たのは平成元年2月28日、その日足もとに置かれた18円がチャリティーの始まりでした。それから毎日途絶えることなくきみちゃんの貯金箱に寄せられる浄財は、これまでにユニセフに820万円、阪神大震災の義捐金に70万円、そして今日のスマトラ地震・津波の救援金の60万円を合わせると総額950万円になります。貯金箱に入れられる浄財は1円、5円、10円といった細かなお金がほとんどです。その細かなお金の何ときれいな、何と大切なことでしょうか。小さな善意が集まって、世界の子どもたちのために送られた950万円というお金の重さを改めて感じています。まだまだ世界中に恵まれない子どもたちが大勢いること、そして私たちの小さなお金でもその子どもたちのために役立つお手伝いが出来ることを、きみちゃんを通して大勢の子どもたちが学んでくれたこと、そんな世界があることを知ってくれたことを何よりも喜んでいます。
 チャリティーに携わって17年、これからも続けられることを願ってやみません。大勢の皆さまのご協力に改めてお礼申し上げます。

2005.4.14.

 


★また変なオジサンがでてきたりして・・・Live Doorの話題が少し沈静化しているようですね。私感ですが、あの北尾って人、やたら威張りくさっているようで好きになれないなぁ。フジTVの会長も一昔も二昔も前の経営者って感じだし、ニッポン放送のオジサンもアホっぽいし、まだホリエモンの方が人間らしくていいなぁ。でもまぁ、異次元の話のようですね。

2005.4.8.

 


★予想はしていましたが、連日早朝から家内の声に起こされています。新しいパソコンに慣れようと、朝起きてすぐにスイッチを入れるのはいいのですが、「仁さん、何にもしないのに台所からもどったら画面がまっ黒!」、「右下から121ware・・・ナントカって言うのが出てきたんだけどどうしよう・・・」 「自動Up Dateしました、再起動して下さいって、どうする?」 「etc. etc.」。早起きの家内のこと私はまだ寝ているのに起こされてパソコン教室です。それも初心者向き講義。いやぁ、新しいパソコンって眠いですね。

2005.3.30.

 


★このページを作っているPCは1階のお店にあります。6階の自宅には息子のPCしかありません。夜8時半に店を閉め、6階の自宅にもどって夕食をとるのは9時過ぎ、一休みして風呂にでも入ると11時を過ぎています。夜、HPの更新やいろいろなサイトを見るには、そんな遅い時間にまた1階のお店に下りてと言うことになります。景気悪いのに6階にもう1台PCを買おう・・・と、迷って迷ってやっと決心。もう幼稚園の遠足以上に楽しみなものです。アチコチのメーカーサイトのPCを見比べたり、休みの日に何店かのPCショップを見て歩いたり、今までの3台はデスクトップでしたが、自宅ではスペース的にノートでないと・・・etc.etc.と言うことで、使い慣れた同じメーカーのノートに決めました。それからがまた、タイプは、ハードディスクは、メモリーは、LANは、ソフトは、等々等々、いいオジサンが子どものように楽しみにしてやっと決めてやっとやっと届きました。初期設定まではスイスイといったのですが、LANでつまずきました。1階と6階まではLANケーブルでつなぎ、6階には無線LANアクセスポイントをおいて息子のPCにLANするところまでは出来ていたのですが、新しいノートとのLANがうまくできない、LANは出来るのですがセキュリティーが出来ない・・・。いやぁ歳とって理解力が落ちたのかマニュアルを読んでもわからねぇ〜。アチコチいじっていたら1階のPCも変になってしまったり、頭が疲れるって感じわかりますか。何とか使えるようにするまで時間がかかりましたが、この時間が楽しいのかな。いやぁ、新しいPCっていいですね。速いし、きれいだし、明るいし・・・。「女房と畳は・・・」、今流には「女房とPCは・・・」ですね。もっとも、このPC、自宅用ですから半分は女房が使うことになるようです。コワされなければいいのですが、「何にもしていないのに動かなくなった・・・」っていう家内の声がもう聞こえてくるようです。

2005.3.27.

 


カラー地下足袋★リンクを貼らせていただいている「三丁目主義」の菅沼さん、彼女のblogがまた楽しい。実にいろいろなジャンルが飛び交い、よくまぁこんなことを知っていると思うことがある のだが、昨日のblogからリンクしたSOU・SOU足袋に思いもしなかった社名を見て懐かしい思いでいっぱいだった。 カラフルな柄の地下足袋にびっくりしたのだが、それを作っているメーカーの名前に以前取引があった会社名があるのに驚いた。私の店は今はメンズショップだが父の代は足袋の製造卸をしていた。同時に扱っていた運動靴や地下足袋は岡山の日進ゴム自力印のものだった。地下足袋の色はもちろん黒。「貼り付け」と呼ばれる地下足袋は底のゴムを布の部分まで貼ってあり、「縫いつけ」と呼ばれる鳶職が履く薄いゴム底を手縫いした地下足袋とは区別されていた。その「貼り付け」がこんなにカラフルにポップな柄に変わって若者に履かれているなんて・・・。
 岡山の日進ゴムには学生時代にお世話になったことがある。その夜、今日にも生まれるかもしれないというお腹の大きな奥さんをおいて、ご馳走してやると飲み歩いた康雄さんはもう60代後半だろうか、あれから45年がたっているからその時の赤ちゃんも45才、カラフルな地下足袋はもしかしたらその赤ちゃんのアイディアかもしれない。忘れかけていた名前「日進ゴム」「自力地下足袋」を、カラフルな地下足袋をblogに見て、何とも不思議な時間を感じている。

2005.3.16.

 


★今日、息子の卒業式です。いやがっていたスーツですが黙って着替えていました。ネクタイは結べないだろうと手伝ってやろうと思ったのですが、「ネクタイだけはいやだ 、絶対いやだ!」。 バッグにネクタイを入れて 「誰かに結んでもらいなさい」 「・・・」。紺のスーツに白いスニーカーを履いて出ようとするのを、「ネクタイはいいから黒の革靴を履きなさい」。 荒々しくドアを閉めて出て行きました。
 どんな卒業式をやっているのか、まだ心配している親バカです。卒業証書と6年精勤の賞状は壇上で一人づつもらうはず、ネクタイはしないで行きましたがGパン、トレーナー姿でなくてホッとしているところです。午後の謝恩会も終わっているはずですが、クラスメイトとどこかに行ったのかまだ帰ってきません。もっとも家内の方も夕方からホテルで行われるPTAの謝恩会に参加すると言っていましたから、やはり帰りが遅くなるでしょう。お父さんとしましては一人寂しく 、いや一人うれしく息子の卒業を祝ってワインでも開けましょうか。

2005.3.9.

 


★息子の浪人決定、わかっていたこととはいえ、いざ決まると少しショック。親バカですね。あれだけ何にもしないで過ごした1年ですから、1年半かな。高2の12月から一切の受験勉強を放棄して、大学へ行っても仕方がない、勉強なんて・・・。それでも登校拒否にならなかったのは6年間の精勤がかかっていたからと本人も言っている。ただそれだけで学校には行き続けたが、学内の試験も勉強せずに受けていた。受験どころか卒業できるのかと心配していたくらいでしたから、万が一合格したら逆に困ったかもしれませんね。世の中そんなに甘くないと。
 どうすることも出来ずに黙って見守るしかなかった1年半は、何とも長く苦しくきつい時間でした。間際になって卒業記念に試験を受けてみようかなと、少しは前向きの考えを口にするようになったことを、まがりなりにも卒業できることを喜ばなくてはいけないのかもしれません。その卒業式、制服のない学校ですから普段着でいいと突っぱねていましたが、少なくともブレザーで行きなさいと言い続けて、やっと今日、上着を買いに出かけていきました。どんな顔して帰って来るやら・・・。
 これからの浪人生活がまた心配です。もう少し大人になってくれればいいのですが、
 「オレ、自我がないから・・・」
 「ずっとマイナス思考で生きてきた・・・」
 「もしかしてオレ欝かなぁ・・・」
 「・・・」etc.etc.
心配の種が尽きません。
 「あんまり心配かけるなよ」
 「お互いだよ」 の返事に返す言葉がありませんでした。
高1の春、家内が子宮ガンで入院、高2の春、私が大腸ガンで入院、高3の秋もまた私が硬膜下血腫で2度の手術と3年連続多感な年頃の息子に心配をかけたのは親の方だったのかもしれません。
 もうすぐ春、もうすぐ卒業式。6年間の精勤はやはり褒めてやりましょう。温かい春が1年遅れてもやってきますように、そして、何よりも健康に過ごせますように祈るこの頃です。

2005.3.3.

 


★今年に入ってお腹の調子が何となくおかしい。一昨年の大腸ガンの時と似ている、そんな気がしてかかりつけのクリニックで診てもらう。手術をした病院の主治医に相談する。「大丈夫ですよ」と言われるとホッとするのだが気になる。それならばと検査を受けることにしたのだが、予約がなかなか取れない。出来るだけ早くお願いしますと頼んで検査が終わるのに1月かかった。胸部レントゲン、血液検査、胃カメラ、エコー、腹部CT、そして今日の大腸内視鏡で終了。どこも悪くないそうだ。一安心なんだが、それじゃあの腹部の違和感は何なんだろう。別に病気を探している、作っているわけではないが、確かに感じる違和感というか膨満感というかがあった。健康そのもの医者知らずだった私が2年続けて入院手術と言うことで過敏になっているのは確かかもしれないが、病は気からと単純に片付けられないのは病気の経験者でないとわからないことかもしれない。それでも、まぁ、ホッとしている今日です。皆さんもお身体にはくれぐれもお気を付け下さい。

2005.2.25.

 


★ニッポン放送株でまたまた叩かれている堀江さん、若者にはうけているようですね。財界やお年寄りには評判悪いようですが、当のフジテレビだって「してやられた」って感じはあるのでは。堀江さん本人はリーマンにしてやられた〜のかもしれませんが、いずれにせよメディア、株の世界に刺激を与えたことは確かでしょう。あの三木谷さん、「そういう手もあったのか」とまた得意の根回し、年寄り財界に挨拶回りして後出しジャンの準備をしているのではないでしょうか。いやらしくほくそ笑んでいるのが想像できませんか。それにしても堀江さん、もうちょっとうまいやり方があるのでは。魑魅魍魎うごめく山中に入るには、あまりに子供っぽく素直すぎるように思えるのだが、ガンバレ〜〜!

2005.2.20.

 


★京都議定書が採択から8年も経ってやっと今日から施行される。それでもアメリカはノー、中国、インドは途上国扱いで外されるという。この3国でほぼ50%近い炭酸ガスの排出量があることを考えると、アメリカのわがままは許されないと思うがいかが。中国、インドも途上国と言うことで規制から外されているが、いずれも核保有の大国である事実はどう説明するのだろうか。我が国も6%(実質14%)削減を達成しなければならないのだが、ガンバレ〜ニッポン!美しい地球を守るのは誰でもない、私たち自身なんだから。

2005.2.16.

 


★脊椎空洞症という難病で寝たきりの知人からメールがきました。

   寒中見舞い申し上げます
   ご無沙汰しています、体調はいかがでしょうか。
   立春を前に大寒波の襲来です、
   元旦早々から暖冬の予報を裏切っての大雪が続いています。
   もうすこし、頑張って耐えましょう、太陽の光も強くなってきました。

 家にこもっていては季節の変化を身をもって感じることが出来ないので、代わりに気温の変化を記録してますと、時折送られてくるメールには1月の最高気温、最低気温の記録が添付されていました。ほとんど毎日氷点下の寒さの中で、太陽の光が強くなってきたと感じる彼の感覚は、寝たきりの窓から感じる光の変化への鋭さでしょうか。これだけの短いメールを打つのも、寝たきりの彼にとっては大変なことだと思います。

 まだお会いしたことはないのですが、外の空気を少しでも感じられたらと麻布十番周辺の写真を貼付して、時折メールを送っています。立春のパティオ十番のけやきはまだ芽吹く気配もありませんが、それでも日差しは何となく春を予感させる様な、そんな写真を添付して返信しました。

2005.2.4.

 


★雪国の友人に宛てた便りです。

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。

この旅人、足の速いこと、あっという間の1月でした。
今年は大雪ですか、雪かきしていますか、腰痛めていませんか。

何をしているのかと思うような時間が過ぎていきます。
受験生の息子は3学期は授業がなく、同級の皆は最後の追い込みなのでしょうが、
あいかわらずゲームに明け暮れています。
それでも、卒業記念に二つ、三つ、どこか受けてみようかと・・・。
これって進歩でしょうか?
受験料を捨てたようなものですが、
これがけっこう高いのに驚いています。

近所の友人が、結構大きな商売をやっていると思っていたのですが、
4月に閉店すると噂が流れています。
そんなこんなのこの頃、
小生もいささかやる気をなくして、
体調も良くないし、我が店も閉めてしまおうかなぁ〜と
ボォ〜〜〜〜としていることがありますよ。

温泉にでも行きてぇなぁ〜〜。
のんびり湯につかりてぇなぁ〜〜〜。
人生いろいろですなぁ〜〜〜。

春よこい、は〜やくこい。

みんなみんな同じような思いですなぁ。いかんせん景気が悪すぎますなぁ。何が回復傾向じゃい。

     「草の戸も 住み替わる代ぞ ひなの家」

2005.2.1.

 


★「NTT代理店の○○です。マイラインの・・・今度半額に・・・」
 「Bフレッツに今度1000Mbが出来ます・・・」
こんな電話がよくかかってくる。何だかよくわからなくて 「営業なら結構です」と切ってしまう。今、Bフレッツマンションタイプ50Mbを使っているのだが、このときも50Mbを入れたすぐ後に100Mbのマンションタイプがでて、しかも料金はVDSLの使用料が50円高くなるだけ。「100Mbに移行したい」と言えば、やたら手続きが面倒。「すぐ100Mbがでますのでちょっと待っては」というのが営業の良心ではないだろうか。自動車だったモデルチェンジは事前にわかるし、型落ちの旧型は安くなる。100Mbがでたら50Mbは半額だろう思うのだが100Mbへの移行を勧めるでもなく高料金を取り続ける姿勢が納得いかない。100Mbだ50Mbだと言っても実質はその半分の速度しか出ていない。今度の1000Mbにしても「1ギガ時代!」なんて言いながら、1ギガは地域までで戸別には100Mb、更に個々のPCに届くのはいったい何Mbなのだろうか。NTTが表に出ないで代理店が、しかも電話で話してもどこまで伝わるのか。これは企業の営業姿勢、経営体質の問題だろうか。安くなるのなら、いちいち代理店を通して申し込まなくても黙って値下げすればいい。速度が速くなるのならこれもまた申し込まなくてもみんな速くすればいい。

2005.1.27.

 


★横浜美術館で「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見てきました。便器が芸術?よくわかりませんでした。常設コレクションのサルバドール・ダリやルネ・マグリットの作品が具象的に思えるほどでした。 ?

2005.1.19.

 


★頭痛の原因がわからなくて、もしかして虫歯が原因かと20年ぶりに通い始めた歯医者さんでした。頭痛の原因は結局硬膜下血腫とわかり手術を受けたのですが、やりかけた虫歯の治療も途中でやめるのもと退院してから再開しました。先日の治療で歯科医の先生曰く
 「今度は上の左の歯を1本抜きましょう。これはもう使えませんから」
 「抜かなきゃダメですか。痛いでしょうね」
 「何言ってんの、大きな手術してきた人が・・・」
それとこれとは別、小さいときから歯医者さん嫌いだったんだから、と、その今度が今日でした。予約の時間にやっとの思いで医院まで、目をつぶって麻酔の針が見えないように。ちょっとガリガリって音、「抜けまいたよ」えっ、もう?って感じでした。全身麻酔でやってもらいたいくらい、もうドキドキものでしたが、先生の技術か私が歳とって痛さに鈍くなったのか。それでも「抗生剤は3日間ちゃんと飲んで下さい。これは痛み止め、痛いときだけですよ」って看護師さんに言われると、「これから痛むんですかぁ」。まだ歯医者さんが苦手な私です。

2005.1.17.

 


★バスケットボールのブカブカパンツについて、さっそくアメリカ・ミシガンに住む姪からこんなメールが届きました。

「ハロー。
どうしてなんでしょうかねぇ。女子もブカブカのをはいてるよね?そもそもバスケットはどこの国でできたスポーツ?参考にはならないけど、ちなみに智啓(ちひろ・姪の長男です)がテネシーで通っていた小学校の規則の中に、男子児童は短いパンツ禁止っていうのがあったよ。膝上はダメなんです。だから小学生ながらみんなダブダブのパンツをはいてたよ。アメリカらしいでしょ。ちなみに女の子はミニでもいいのよ。そんな、とこです。じゃまた。 初姪ちゃん

 単なるデザインですかね。膝が出てダメなのなら、アメラグ(最近はアメフト?)みたいにぴちっとしたロングパンツはけばいいのに。伸縮性の良い生地はいくらでもあるでしょうから。どうもあのブカ ブカパンツなじめないなぁ。歳のせいかな。

2005.1.12.

 


★バスケットボールの試合を見ていつも思うんですが、なぜユニフォームのパンツだらしないほどブカブカなんだろうって。決してブカブカの方が動きやすいってこともないだろうし、何か意味あるのかな。バスケットやったことある方、BBSかMailで教えて下さい。(*^_^*)

2005.1.11.

 


★手紙や文章を書くことをそんなに苦にしなかったのですが、やはり歳のせいでしょうか筆無精になったようです。このコラムの間隔もずいぶんと空くことが多くなりました。何か書くこと、何か作ることは出来上がったもの良し悪しに関係なく、成し遂げたよろこびがあるものです。このホームページも自画自賛、ただ創ること、出来上がったときの爽快な気分を、ひとりニヤニヤと味わいながら作り続けています。7日にリフォームしたBBSは年末に作りかけて悩みに悩んでいたものでした。KENT WEBさんのBBS“Joyful Note”をお借りしたのですが、全てのチェックにOKがでるのに画像だけがどうしてもUP出来ずにいました。正月に訪ねてきたPCに詳しい学生さんに聞いてみると、「それは多分、仁さんのミスじゃないですよ。プロバイダーのセキュリティーがCGIを制限しているんですよ」 「・・・画像フォルダを別にして・・・、cgi-binには・・・、・・・パスは "../../img/"・・・」、出来たぁ〜〜!でした。
 「おい、君は理系PC科か?」
 「ボクは文系ですよ、PCは趣味、遊びです」
2週間も悩んでいたことを5分で片づけてくれたって感じでした。手伝ってはもらいましたが出来上がったよろこびは同じ、うれしいものです。新BBS、皆さんもご利用下さい。

2005.1.9.

 


★初詣は地元の十番稲荷神社。地下鉄が開通し、六本木ヒルズが出来て年々お参りする人も多くなっているようです。はじめてなのか二礼二拍一礼の神社でのお詣りではなく、お寺のように手を合わせる若い人も多いようですが、それはそれでお詣りする心がいいのでしょう。十番稲荷神社のお詣りがすむと一本松の大法寺、大黒さまにお詣りするのが我が家のコースです。それから明治神宮まで歩いて・・・と行きたかったのですが、神宮までは一時間ほどで行けるのですが、内苑に入り大鳥居から本殿までが三時間もかかることがある元日の人出をさけて神宮には後日詣ることにしました。
 明治神宮には四日に詣ったのですが、北参道入り口にお札を納める箱が用意してあるのを見て息子とこんなやりとりをしました。
 「ここで去年のお札を納めると新しいお札を頂くまで神様のご加護が空白になるなぁ」
 「耳無し法市の世界だね。でも、大丈夫だよ。他にもお守り持っているから」
十番稲荷神社のお守り、父の代から頂いている白金清正公の勝守り、菩提寺本光寺のお守り・・・。神さま仏さまケンカしないで仲良くお守り下さい。です。

2005.1.5.

 


★新年明けましておめでとうございます。ことしも「麻布十番未知案内」&ローリエヤマモト&「店声仁語」をよろしくお願いいたします。
 皆さまの昨年はどんな一年だったでしょうか。楽しい明るい思いでいっぱいの年でしたか。私の一年は実にいろいろなことがありました。一昨年の大腸ガン手術、昨年は10月、12月と2回にわたって慢性硬膜下血腫の手術で病院のお世話になってしまいました。幸い今は元気、気管挿管で声帯を傷めたのか声が少しかすれて元の美声?を無くしていますが、喉頭ガンの心配はないと言うことですので、そのうちにまた良い声になると信じています。ほんとうに健康第一を実感した年でした。
 病気になってあらためて健康であることのありがたさを知り、今年こそ家族皆の健康を願い祈る気持ちでいっぱいです。年の初めに、皆さまのご健康、ご多幸を祈ってやみません。

2005.1.1.

 
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